kenmine

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「鳳舞」で昼飯を食べようと思った。ひとりだから選べるメニューの数に限りがある。こういうとき、自分はよく「さんざん迷った末に」などと言うのだが、どんなに考えても、だいたいは最初から決めていたかのごとき無難な結論にしか至らない。クワイのシャリッとした食感が味わいたいから、焼売が絶対に欠かせない。揚げた麺の焼きそばは嫌いなはずなのに、どういうわけか「鳳舞」のものは美味いと思うので、せっかくならこれも食べたい。もう一品いきたいところだけれど、きっと残してしまうことになる。無理せずに、あとはビールの小瓶でも飲もうか。こんな具合で、いつも同じものを選択してしまうのだ。

ビールを飲みながら、店の名前が入った小皿をぼんやり眺めていると、客がひとり入ってきて、ひとつ奥のテーブルに着いた。背中を向けているから顔は見えないが、初老の男性だった。「トマトとスープとご飯」と注文する。トマトは40分くらいかかると従業員に言われ、構わないと応える様子はとても手慣れていた。それにしてもトマトというのは何なのだろうか。テーブルに置かれた品書きのプレートをあらためて確かめてみる。「21 蕃茄蒸牛肉」にトマトと読み仮名がふってあった。ビールを飲み干し、焼売と焼きそばを平らげて、会計をしようと立ち上がったのと同時に、そのひとり客の席にトマトが運ばれてきた。皿の上の料理を横目で確認する。とても美味そうだった。

地下鉄で北大路から今出川に行き、雨の中、京都御所の横を歩いて河原町通りに出る。「カフェ工船」でコーヒーを飲んだ。店主とぽつりぽつり会話する間、頭にはトマトのことしか浮かばない。たまたま持っていた須賀敦子の本を読もうとしても、同じ行を何度も目で追うばかり。ぜんぜん身が入らない。二時間近く、心ここにあらずの状態でカウンターにへばりついているうちに雨が上がった。代金を払い、外に出てタクシーを拾う。

「鳳舞」の店内に人影はもうなく、ひっそりとしていた。中休みなのだろうかと考えていると奥から人が出てきて、不思議そうな顔をしてしばらくこちらを見ている。そして「さっきも来てはったね」とようやく思い出してくれた。一回では食べ切れないものがあったので腹ごなしの散歩をしてきましたと言うと、大きな声で笑った。他に客はいないから、遠慮なくいちばん好きな入口近くの六人掛けテーブルに座る。さあ、トマトを頼んでみよう。しかし、口をついて出てきた言葉は「豚のてんぷらとビールの小瓶」だった。自分には冒険心のかけらもない。

1番から33番まである「鳳舞」のメニューのうちで、自分が食べたことがあるのはたった五品である。そして、41年続いた「鳳舞」は、この八月で店をたたむのだそうだ。なんと悲しいことだろう。

 

鳳舞 京都市北区出雲路松ノ下町11

Via BE A GOOD NEIGHBOR
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